院長プロフィール

こんにちは、院長の大関淳です。

東京生まれの埼玉育ち、今はなぜか新潟市在住で、カイロプラクティックの治療院の代表をしています。

その生い立ちを書いてみますね。

小学生の頃はボーイスカウト

小学生の頃は、周囲の多くの友達が少年野球に打ち込むところを、制服のかっこ良さと当時仲の良かった友達が入隊していたという理由でボーイスカウトをやっていました。

そこではキャンプ活動や、日々の奉仕活動を通して、初めて親元を離れて同年代の仲間と過ごしたりすることで、自分の人間形成に大きな影響を与えたと思います。

様々な活動に参加する機会をいただき、中でも全国大会や海外遠征など貴重な体験をさせて頂きました。結局大学を卒業するまでの15年くらいは活動していたでしょうか。

この経験でボランティア精神と人々に奉仕する喜びを学んだと思います。

大学生活はバイトと基礎スキー

私の大学生活は、そのほとんどすべてをスキーに費やしました。上手くなりたい!その一心でスキーシーズンの殆どをスキー場で過ごしました。
加入したスキークラブは体育会系で上下関係にも厳しく、人間関係の構築の仕方を学んだと思います。厳しい先輩が多くいましたが、その反面可愛がっても頂けました。

社会に出てからの人との付き合い方はここで学んだことがベースになっていると思います。

大学時代はスキーをするにはお金がかかるので、アルバイトにも精を出しました。
時給が良いというだけで始めた銀座の飲食店でのアルバイトで、接客マナーを厳しく教育されましたが、お客様にサービスをして喜んでもらえる事が楽しいなと思えるようになったのはここでの経験が大きかったと思います。

就職は製薬会社へ

卒業後、私が選んだ業界は、製薬業でした。
人の健康に携わるということは、人の役に立てるような気がしてやりがいがありそうに感じました。

就職活動の際には、深く企業業界研究をしたとはとても言えませんでしたが、会社説明会で説明を受けた将来的な社会保障費の伸びから、この業界はどんどん可能性がありそうな気がしたのも理由の一つです。

それはある意味間違いであったことは後で気づくのですが・・・

製薬の営業で人々の健康に携われるというのは全くの幻想でした。

ドクターに顔と自社の新薬を覚えてもらうために小間使いのように動きまわり、飲食接待、ゴルフ接待、さまざまな接待をするのが仕事でした。

思い立って辞職

4年もすれば業界全体を見渡したり自分の会社の立ち位置も分かるようになります。どうみても他社の薬のほうが効果が高いのに、こんなことしてまで自社の薬を売り込まなくてはいけないのか。自分の仕事ってこんな事でいいのかな?
そんな思いで仕事をする意欲は薄れ、辞めることにしました。

今のうちに好きなことをと思い、スキーのインストラクターとしてスキー学校で働きながら、健康に関わる仕事で人の役に立てる実感が得られる仕事として、整体・マッサージって面白そうだなと漠然と考えるようになりました。
大学時代に先輩のマッサージをして褒められた思い出があったせいもあると思います。

突然の体調不良

そんな時に、一つの事件がありました。
スキーのSAJ公認スキー正指導員の試験を受けに単身、白馬へ行った時の事です。宿泊する宿に到着した直後に背中に痛みが走り、その場で立てなくなってしまいました。疲れが溜まっていたんだなと思います。
次の日から3日間かけて実技試験があるのに、このままでは大変だ。なんとかしなきゃ!と、宿の人に頼んで治療院を教えてもらいました。

カイロプラクティックを受けて無事合格

教えてもらった治療院に事情を話し、治療をしてもらったところ、一発で痛みが半減してしまいました。

これでなんとかまともに実技試験に臨める!!

ほんとに嬉しかったのを覚えています。

それから次の日とその次の日、合計3回の治療を受けて、体調も戻り、万全の状態で試験を受けることができたので、無事正指導員の試験にも合格することが出来ました。

その時、受けた治療がカイロプラクティックでした。

早速カイロプラクティックの事を調べ、どんなものか分かった時、これだ!と感じました。

健康に関わる仕事、
困っている人のために役に立てる仕事、
自らの手で治すことができるなんて、なんて素晴らしいんだ。

そう思いカイロプラクターになることに決めました。

どこでカイロを学ぶか

問題はカイロをどこで学ぶかです。
実家は埼玉でしたので東京の学校に行って学びたいという気持ちもありましたが、今の家内と結婚することになっていましたので新潟を離れるわけにはいかず、新潟で勉強できるところはないかなと探しました。

ちょうど、新潟駅の近くにカイロ整体の学校がオープンしたのでそこで学ぶことにました。

それが長いトンネルの始まりでした。

右も左もわからないので、とにかく言われるがままに勉強しましたが、なんか自分の求めているカイロと違う。自分のしたい技術と違う。そんな思いで新潟の学校に通いました。

自分の求めているのは本物のカイロプラクティックです。

そんな思いで、学校を幾つか変えました。

そして、ようやく師匠と呼べる先生も見つけることが出来ました。

整骨院でのインターン、スポーツクラブのマッサージルームのスタッフなどで経験を積んで、ようやく開業することが出来ました。

質の高い本物のカイロプラクティックで本物の健康を

新潟にはリラクゼーション系のカイロとは名ばかりのマッサージ整体は多いですが、本格的なカイロプラクティックは少ないです。
整骨院なども、ただ痛いところに電気をかけたりマッサージをするだけで根本的な治療をしているとは言えない院も多いです。

純粋なカイロプラクティックの施術を通して、体とは何か、自然治癒力とは何かを知ってもらい、本当の健康を手に入れ、活き活きとした生活を送ってもらいたい、その思いで日々の治療をしています。